https://twitter.com/nhk_kamakura13/status/1601924762913095682

#かまコメ
政子役・小池栄子さん
https://twitter.com/nhk_kamakura13/status/1601906645981962240

政子役・小池栄子さんのインタビューを公開しました。
https://twitter.com/nhk_kamakura13/status/1601907397441855488

\#鎌倉殿の13人 コラム/
教えて!時代考証・ #長村祥知 さん
「承久の乱③ 政子の演説ってスゴかった?」を公開しました。
https://twitter.com/nhk_kamakura13/status/1601910417265131523


#吾妻鏡
承久3年(1221)5月19日条

政子が居並ぶ御家人たちを前に、「源頼朝様が朝敵を征伐し、幕府を開いて以降、その恩は山よりも高く、海よりも深い。三代にわたる将軍の遺跡を守るように。後鳥羽上皇方に付きたければ、今すぐに申し出なさい」と語りかけました。
https://twitter.com/nhk_kamakura13/status/1601918722033307648

そうそう、書状を頼まれ書くシーン、、、政子さんから筆を渡される時、手が触れるという、、、ね前段がね、、、映って無かったけど、想像して下さい。

時政パパブログ『ボロ泣き』

これ!!
大江さんやっぱり見えてたよね?
クララが立った!だよね??
僕も寝違えが治るくらい素晴らしい政子さんの演説でした

残すところあと1回。最終回を前になぜか僕もドキドキしています。
思い返せば巻狩りが僕のクランクインでした。今更ですが、動かぬ小鹿を引っ張っていたのは鶴丸です
あの時は鶴丸から平盛綱になり、泰時と共に戦に向かうことになるとは思ってもみませんでした。
色々あったなぁ。

今宵の再々登場のあと、「もうクランクアップしたって言ってたのに」とのコメントいっぱい頂いております。皆様ありがとう。偉い方に「また出て」って言われたら速攻で前言撤回する、それが平知康だ!

47話見ていただいたみなさんありがとうございました。”どちらにせよ”残りわずかな三浦胤義かもしれませんが応援してくださると嬉しいです。
生きよ胤義!掻き回せ胤義!

第47話、ご覧頂きありがとうございました。
執権殿に怒鳴られ、三浦殿に妬まれ、尼将軍に怒られると言う散々な長沼殿。
撮影中、小栗さんに「平六といるとロクな事ありませんよ」言われておりました…笑
さて、次週はいよいよ問題の最終回。是非に。

野木亜紀子(脚本家)
ついに来週で終わりか。思えば最初から一貫してホームドラマなんだよな。激動の歴史を生きた、家族の物語。

今作は、政子に“尼将軍”として前面に出ることを決意させたのは、妹の命を救いたい一心で、御家人たちへのあの有名な演説をさせるに至ったのは、弟の命を救いたい一心なんすね…。
おまけに最愛の息子のあと押し…。義時も泣くわこんなん…。

ああああーーーこれはすごい! そうか、北条政子の論理は「身近な家族を守ること」で一貫している、というシナリオなのか! だからこの大河ではずっと「北条家の仲がいい姿」を描いてきたのか。この演説の動機づけと効果を最大化するために。

生真面目な弟の命を、頑固な父の命を守るために、政子が、泰時が立ち上がった。序盤は「ホームドラマ」なんて評もあったけど、1年かかって思った。これは「ホームドラマ」だ。戦いの絵巻でも権力争いの話でもない。伊豆の片田舎の小さな豪族の、歴史と人の心を動かす家族の物語。

三谷幸喜さんが『鎌倉殿の13人は家族のドラマ』と言ってた意味がよく分かる第47話でした。
実衣『お兄ちゃんカッコ良すぎない?』
政子『私がカッコ良く終わらせないわ』
(演説)
義時『ね、姉さん、ズルイや…最後の美味しいところ全部持っていってさ』

「海よりも深く山よりも深い恩がある」って言われるより「舐められてるぞ」と言われた方がヤンキー気質の坂東武者が動くの解釈一致だわ

政子の本音演説、結論が中世武士の行動原理の根本に帰着する構成になってて凄い(視聴者が1年かけてその精神構造にすっかり馴れさせられてるのも凄い)

姉が、息子が、ましてやその言葉を受けたからといって御家人達が、命懸けで自分を守ろうとしてくれるとは露ほども思ってなかった義時がとうとう小四郎の目で泣いちゃうの、そして黙って息子の背中を見るの、余計な台詞が一切ない、ほんとうに素晴らしい作劇

大江殿の原稿という文字が残ってるから歴史上では「山よりも高く海よりも深く〜」だけど、実は序盤の伊豆編に戻ったような「坂東武者は舐められたら殴り返す」論法の演説だったかもしれないという大胆なIFぶり、三谷さんやっぱ面白いな〜と思う。小池政子にも似合う

後鳥羽上皇のコピペ院宣が発覚したのが運命の分かれ道になったことを思うと、
「こいつには『実はワシが最も頼りにしているのはそなたなのだ』攻撃!」「こいつにはあえて初対面で『遅参する者など役に立たん』と叱る!」と対応変えてた頼朝はまさに天才政治家だったのだと改めて

ここで義時の間違いを否定せずに、その上で本当のことを言って坂東武者をまとめる政子、真の王者の風格があるし、義時が出来なかった「徳と慈悲の政治」が鎌倉を治めた瞬間だし、その恐怖ではなく人の心のある聖杯が泰時に受け継がれる布石になったの胸に熱い…実衣も良かった…

最愛の妻を失い、自分の手で育て上げると誓った息子が、成長した今、御家人の前で声を張って自分を守ろうとしてくれた。この時の後ろ姿はどれほど義時にとって大きく見えたのだろう。
https://twitter.com/qk_jump/status/1601914925634314241

三谷幸喜は『真田丸』のときに、秀吉の口から石田治部について「支えてやってくれ。あれは、寂しい男だ」と言わせた脚本家だった、ということを思い出す、北条小四郎義時への(明るい意味での)報いの回だった。

平六は弟を上皇様のそばに送り込んだのに、平六を第一の代表としなかった
それどころか長沼宗政に先に知らせる(=序列を無視した)
ここから平六は「上皇様は俺を特別扱いしない。ここで味方してもいいことはない」とここで見切った
https://twitter.com/shin_semiya/status/1601903203473584130
院宣を受け取る時の正しい手順は
使者の押松を上座に座らせ、平六が平伏した上で受け取ることです。
(以仁王の令旨を頼朝が受け取るときはそうした)
でも押松はそうしなかった
だから平六は「あー!こいつらダメだ!」と見切った

ああ、それにしても消えていった人たちがここにいたらと思わずにはいられない。政子の演説に「俺が行く!」と立ち上がる和田義盛、早速作戦を練る梶原景時、静かに思いを滾らせる畠山重忠、「やろうぜ武衛!」と叫ぶ上総介、黙って胸元をはだける八田知家、暗躍する善児が見たかった。

政子「格好いいままで終わらせません」
トキューサ「尼将軍からお言葉があるぞ!」
実衣「(義時は私欲に走らぬ)それは私もよく知っています!」
泰時「ここにいる者たちは皆同じ思いでいるはずです。違うか!」
義時「誰が全員ちょっとずつ恰好つけろと」

確かに愛嬌は大切だ。媚を売れとは言わぬが、愛嬌がある者は事が上手く進むことが多い。

トキューサが時政パパから受け継いだ最強の武器だもんな

トキューサ「貰ってもいいですか。記念に。」
こんな状況でもこのセリフを発するトキューサ、やっぱり作中最強

大江広元殿の目が開いて…!
何度も目を凝らすようにして…!
目を患ってからずっと閉じたままだったのに、推しの政子の姿を、その輝きの一条でも感じたいとの一心で……!

本日の広元殿。王佐の本懐とでも言うのか。鎌倉の地で自分が王と見出した人の、あの誰もが、もうテレビ越しで見てるこっちも震わせ奮い立たせる演説を聞いてる時の顔ときたら。
そしてこう小さな一つ一つの仕草で、なんだかまるで視力が戻って来てるみたいで
震えるなあ

極限まで視力が落ちてしまっている大江殿が必死にその患った目を凝らそうとしているシーンなんだろうけど、推しの眩いばかりの雄姿を前に恍惚に酔い痴れ思わずうっとりとした面持ちになっているファンにしか見えない大江殿……!!!

開眼してる大江殿もいいけど号泣してる三善殿も好き
https://twitter.com/DANISAN11111/status/1601910003635748864

和田殿が生きてたら「俺たちを舐めんじゃねーぞ!」って一番に立ち上がってたし、次に畠山が「思い知らせてやらねばなりませんな」って静かに怒気を纏っただろうし、上総介殿は「武衛の鎌倉を奴らの好きにさせられっか!そうだろ武衛!?」ってノリノリで皆を奮い立たせてたよね……

太郎の前から時房の前へ徳利を移す初、初の離席を見計らって静かに太郎に酒を勧める時房、そっと初が本当に後ろにいないか確認してからえへ…と盃を受ける太郎。あのシーンはやっぱりこう、よかったじゃないですか…。取り上げるんじゃなく、時房にペースを預けるのが初なんですね…。

あ、コレなら愚管抄書きますわ。慈円僧正。わりと頼朝びいきな内容だし、武家が政権を取るのもやむなしっぽいこと書いてるしな。上皇方の人なのに。
大河では描かれない未来への伏線の一つ。

「義時を討つ」と長沼さんに思わせておいて、北条に上皇様の院宣を提出して「貴方に尽くします」アピールをする三浦義村に超!びっくりする長沼さん 
長沼さん、この男に相談しちゃ絶対ダメなのよー

今回背中だけ登場し名前すらまともに呼ばれず退場した京都守護、伊賀光季。
劇中では突然襲撃されてたが、実際には後鳥羽院に味方になるよう勧誘されたところ「俺の仕事は京都守ることだから」と拒否。
もう一度勧誘されても「直接会いに来いや」と拒否し襲撃された気骨のある人。

義時ののえへの態度が酷すぎると話題のようだが、吾妻鏡では承久の乱の同年(1221年)11月23日に「右京兆(義時)の妻室が女子を出産した」とあるし、前月の閏10月29日には「義時夫妻は日頃、日吉の神を共に信仰している」とも書いてるので、実際はこの2人は最後まで円満だったと思うよ。
義時と伊賀光季も、伊賀の方との結婚前から親しい関係だったようなので決して見捨てたわけではないはず…私は死んでたから知らんけど。

#承久の乱 で鎌倉方は3つに軍を分けて進攻します。
先発は東海道軍で泰時と時房が率いました。
鎌倉を出た時はわずかな兵力だったのが、途中で武士団を吸収し5万にまで膨れ上がったといいます。
東山道軍と北陸道軍を加えると大軍でした。
地図はかつて雑誌掲載用に作ったものです。

院宣が発せられたのは
武田信光→甲斐(山梨)源氏
小笠原長清→信濃(長野)源氏
小山朝政→下野(栃木)有力御家人
宇都宮頼綱→下野(栃木)有力御家人
長沼宗政→ 下野(栃木)有力御家人
足利義氏→源氏門葉
北条時房→義時弟、北条嫡流のライバル
三浦義村→相模有力御家人
の8人ですね。

(鎌倉絵)

https://twitter.com/michikusacrazy/status/1601944113762668544

(ニュース)
「鎌倉殿の13人」2パターンあった「政子の大演説」裏側 小池栄子熱演&臨場感に導くステージングの妙― スポニチ Sponichi Annex 芸能

(おまけ)
昨晩の尼将軍の演説には心が打ち震えましたね…!この物語の最後がどう描かれるのか、見たいような見たくないような、そわそわした1週間になりそうです。東洋文庫では今、『吾妻鏡』『承久記』『御成敗式目』の3点展示しています。義時に好意的な書物をみて、心を落ち着かせます…